アンミカ 父母兄弟 職業ラーメン店「実家全焼 貧乏暮らし」家族構成

芸能

アンミカさんの家族構成は父親、母親、兄弟5人で実家の場所は大阪市生野区。

アンミカさんの父親の名前はアポジさん、母親の名前はオモニさんといい出身地は韓国。職業(仕事)はラーメン店や保険業だった。アンミカさんの兄、姉、弟、妹の現在の職業(仕事)とは…

アンミカさんのインスタグラムより

アンミカ 実家での家族構成~父親と母親は仕事熱心~

アンミカさんの実家での家族構成は父親、母親、兄、姉、アンミカさん、弟、妹の7人家族。父親と母親の性格は温厚で仕事熱心、怒ることはほとんどなく実家は穏やかでした。

そんな両親の教育方針は、人への配慮と自身の武器。

  • 周囲の人々を傷つけない
  • 我が身はたくましく、しなやかに
  • 生きるための知恵を身に着けるためには失敗もある

アンミカさんの両親は韓国出身の韓国人。アンミカさんも現在、日本に帰化しておらず国籍は韓国です。子供の頃には学校帰りに韓国人差別を受けたというアンミカさん。

一緒に遊ぶ約束をしていた友達から、「お母さんが、ミカちゃんは韓国人だから遊んじゃだめって」と言われたのだとか。

実家近辺は韓国人が多く住む地域だったため「何で!?」とショックが大きく、遊んではいけない理由がわからなかったそうです。

しかし差別されたことを聞いた母親は、「韓国のいいところを教えてあげればいいのよ」と感情的にならず穏やかにアドバイス。

母親は写真をもってきて、アンミカさんに韓国の美しい滝などを見せました。否定的にならず、前を向いて明るい考え方に切り替えるところが素敵ですね。

アンミカさんは2024年7月4日放送のフジテレビ「トークィーンズ」で、「わたし実は韓国名アンミガやねん」と本名を明かしています。

また、2024年5月2日に投稿した自身のブログでは「私のミカの名前は、家がクリスチャンなところに起因します。洗礼名が生まれてすぐに先に着いてその洗礼名が聖人モニカ様」と投稿。

「モニカ」のままだと当時はかなりハイカラな名前なので、呼びやすい「ミカ」と名付けられたのだとか。

アンミカさんの父親と母親はキリスト教を信仰しており、日本に来た理由は教会の手伝いでした。アンミカさんは自身の明るさを “両親ゆずり” と話しています。

私にとって両親は偉大な教師のような存在で、本当に様々な教訓を学びました。

アンミカ 父親の名前・年齢・職業

アンミカさんの父親の名前は「李 アボジ」さんといい、出身地は済州島の摹瑟浦(モスルポ)。

韓国在住のときは「済州島」で生活していました。結婚後に子供が産まれると、養うほどの収入がなくなったため来日。

当初は日本でも家族を食べさせるための収入を得られず、厳しい状態が続きました。しかしラーメン店の面接を受けて働き始めます。

アンミカさんの父親はいつも明るくユーモラスな人柄。家族はいつも明るくにぎやかな雰囲気でした。

父親は家族のことを守るため一生懸命に働く優しい人柄でしたが、アンミカさんがモデルになりたいと伝えたときは「トップモデルになるまで実家に帰らないように」と叱咤激励しています。

アンミカさんがモデル業を続けてこれたのは、「好きなことをやるなら、やり遂げる」という父親の思いがあるから。

そんなアドバイスをくれた父親は、アンミカさんが29歳のときに若くして他界されています。アンミカさんの父親が亡くなった年齢は明かされていません

アンミカ 母親の名前・年齢・職業

アンミカさんの母親の名前は「李 オモニ」さんといい、出身地は父親と同じく済州島の摹瑟浦(モスルポ)。神奈川県川崎市で生まれ、幼少期に済州島に移っています。

ときどき来日していましたが、アンミカさんが4歳のときに日本へ移住。そんな母親からはコンプレックスの拭い去り方を教えてもらったのだとか。

「美人というのは、目鼻立ちがきれいな人だけじゃない。一緒にいて心地が良いな、気持ちが良いなと思える人が、本当の美人なのよ」

アンミカさんの母親は若い頃、化粧品会社で仕事をしており女性の美や接客、花嫁マナーの勉強。それを子供たちにも教えてくれたそうです。

そんな母親は学生時代から身体が弱く、気管支炎をはじめ多くの病気を患っていました。しかし、アンミカさんたちを育てるため仕事を掛け持ち。

夕方5時まで保険の営業をしたあと、夜は夫と一緒にラーメン屋で手伝いをし、営業時間が終わる明け方5時まで働き続けたといいます。

そんな生活でも子供たちとのコミュニケーションを優先した母親。しだいに疲労が蓄積し、結核を患ってしまい入院生活に。さらに30代半ばでは医師から喉頭癌と診断されました。

その後、アンミカさんが15歳のときに他界。亡くなる前の2年間は病院で医療装置につながれ、寝たきり状態だったといいます。

父親よりも日本語が上手だった母親。アンミカさんは思春期の悩み事が多いとき、良き相談相手である母親を亡くしました。

母親は父親が他界する13年前に亡くなっています。アンミカさんの母親が亡くなった年齢は明かされていません

アンミカさんのインスタグラムより~母親の写真画像~

アンミカ 父親と母親の仕事場所と実家の場所

アンミカさんの実家の場所は大阪府大阪市生野区の鶴橋・桃谷にあり、たびたびメディアで公表しています

家族みんなで日本に来たんですけど、生野区のコリアタウンで育ちました。 

生野地区は在日コリアンが愛する名店がそろっており、韓国の下町ような街並み。

大阪のコリアンタウンの名店は “本場の味”で、韓国旅行気分を味わえます。アンミカさんはテレビ番組で地元の名店を紹介したことも。

アンミカさんの地元は生野区ですが卒業したのは大阪市立高松小学校。途中で阿倍野区に引っ越しています。

父親と母親が働いていたラーメン店の場所は生野区か阿倍野区なのか定かではありません。

現在は両親ともに他界されており実家はありませんが、アンミカさんにとっては思い入れのある土地。

当時、長屋生活で賃貸の2階にある4畳半一間に、家族7人が住んでいたということを明かしています。

きらびやかなアンミカさんですが、「実家はお金持ち」ということではありませんでした。

◆グーグルマップ~大阪府大阪市生野区の鶴橋・桃谷~

アンミカ 父親・母親の仕事先「ラーメン店」が全焼

アンミカさんはインタビューで実家の父親と母親が働いていたラーメン店について、たびたび語っています。

子供の頃は母親が「友達をお店に呼んであげて」といい、アンミカさんの同級生やその親御さんに好きなラーメンや餃子、プルコギなどをご馳走していたのだとか。

うちの親は日本語の話し方で韓国人だなってわかる感じでラーメン屋さんをやっていて、近所の方はみんな食べに来てくれていたので、そもそも韓国人だということを知っているんです。

引用:2021年10月15日「Peachy」

ラーメン店で働こうと受けた面接では、父親が経営者にあることを頼んだといいます。

「大家族なので、住み込みにさせてほしい」と伝えると、経営者が「ここの2階の6畳と4畳ある部屋のうち、6畳部屋を使っていいよ」と言ってくれたのだとか。

それまで賃貸の2階にある4畳半一間に家族7人で暮らしていたため、少し快適になり、このあと屋根裏部屋や4畳部屋も使わせてもらえるようになったといいます。

しかし、そのあと1年もたたないうちにラーメン店が火事で全焼。経営者から「事業をゆずる」と言われていた矢先のことでした。

しかも当時、ラーメン店は大繁盛し儲かっており、やっと人並みの暮らしができるようになって3年ほど。火災が起こり、再び貧しい生活に逆戻りしています。

2021年10月15日、アンミカさんは「Peachy」のインタビューでは当時の火事について、次のように振り返りました。

  • 火事のときはちょうど学校の昼休みで、窓から実家の方を見ていた。まさか自分の家が火事だとは思いもよらなかった。
  • 父親と母親はこのとき、ジュエリーなど高級品を身に付けて知人の結婚式に出かけていた。

両親は帰宅すると全焼した家を見て呆然。しかし「本当にしゃあないよね」といい、結婚式の引き出物でもらった紅白饅頭を家族で分け合ったとのこと。

お父さんとお母さんが、私たちに辛いネガティブなところを見せなかっただけだと思うんですけど、本当にすごく教えられたなと思います」

引用:2021年10月15日「Peachy」

火災後、父親は居酒屋の仕事を始めますが失敗してしまい、遠方へ住み込みで出稼ぎに行くようになりました。

たまにしか会えなくなったものの父親は子供たちの性格をきちんと把握しており、ときどき戻ったときに会話をすると絆が深まったといいます。

そして母親は当時、お肉の代わりにパンの耳を使った「10円カツサンド」を手作り。

どんな状況に置かれても前向きだったアンミカさんの両親。まさに「生きるための知恵を身に着けるためには失敗もある」ということを身をもって教えてくれたようです。

アンミカ 父親・母親の教育方針を語る「徹子の部屋」

2024年7月11日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」にアンミカさんが出演。夫との自宅生活や早くに他界した両親について明かしました。

子供の頃は “笑わない子” だったというアンミカさん。両親の言葉で変わることができたといいます。

アンミカ:「”人生の脚本家は自分やで、いつでも書き換えられる” と言われて…」

両親が教えてくれたことは多く、今でもこうした言葉が残っているのだとか。そして両親の苦労を見たからこそ、今のスポットライトが当たる生活をありがたく感じるそうです。

アンミカさんは元気を与え、ファンからは「前向きな気持ちになれる」とブレイク中。人気の理由は貧しい生活を経験したからでした。

アンミカ:「52歳になって、こうして求めていただけて忙しいのは、すごくうれしいですね。」

幼少期から容姿がコンプレックスだったというアンミカさん。母親に美人の条件は「一緒にいて心地良い人」とアドバイスをもらい、姿勢や笑顔を気をつけるようになったといいます。

そして自信を持ち、モデルの道へ進むとセオドール・ミラーさんと結婚。夫は趣味を聞かれると「アンミカ」と答えるほど妻が大好きで、夫婦は今も仲良しです。

アンミカ:「出会えたのは、運の9割を使ったと思うぐらい…幸せですね。」

日頃、夫はアンミカさんの仕事を応援しているそうで、食器洗いなどを手伝ってくれるとのこと。そして、とにかく小さいことにもすぐに「ありがとう」と感謝してくれるのだとか。

そんな夫に対してアンミカさんは、どんなに忙しくても味噌汁だけは欠かさず料理。その姿を見ながら、夫は自宅のバルコニーで花を育てることを楽しんでいるそうです。

アンミカ:「ひまわりとか…ドライフラワーでアートも作ってますね。」

結婚生活10年を超えたアンミカさん。夫婦円満の秘訣は「コミュニケーションをたくさんとること」と話しました。

アンミカ:「お互いを尊重するためには、コミュニケーションで相手を追い込まないことですね。ポジティブな形容詞で終わるようにしてます。」

アンミカさんのパワーは、関わる人すべてに良き影響を与えているようです。

2024年7月11日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」アンミカ 番組内容詳細

「彼女の言葉を聞いているとポジティブな気持ちになれる」という視聴者が多数。今、テレビで見ない日はないほど引っ張りだこのアンミカさんがゲスト。今日は、結婚13年になるアメリカ人の夫との現在の暮らし、夫婦円満の秘訣も。

とにかく多忙な毎日だが、スケジュールが埋まっていないと不安になると明かすアンミカさん。売れていない時代や、幼少期の暮らしぶりが影響しているという。5人兄弟、7人家族で四畳半一間に暮らす生活だった。

幼い頃は自分に自信が持てず、あまり笑わない子だったが「一緒にいて心地良い人になりなさい」という両親の教えを守っているうちに笑顔も増え、明るい性格に変わっていったと語る。“心地良い人”になるためのコツとは?

「徹子の部屋」公式 X (旧:Twitter) より

アンミカ 兄弟の名前・年齢・職業~優秀な仕事に就く~

アンミカさんに兄弟は何人いるのか話題に。アンミカさんは5人兄弟ですが、名前は三女の妹のみ安清美 (あん きよみ) さんということがわかっています

ただ、みんなクリスチャンで洗礼を受けており、アンミカさんの兄弟の洗礼名は兄がグレゴリオ、姉はセシリア、アンミカさんはモニカ、妹はローザ、弟はベルナルドとのこと。

そんなアンミカさんの兄弟は立派な仕事に就いており、中でも三女の妹・安清美さんは以前、日テレ「メレンゲの気持ち」に登場し職業が紹介されました。

三女の妹・安清美さんは北海道札幌市でボディーセラピストとして、サロン「Mana Rosa (マナローサ)」を経営し、女社長として頑張っているとのことです

安 清美さん経営「Mana Rosaのブログ」

また、長男である兄は司法書士の資格を持っており母親と同じ保険業。長女の姉は歯科衛生士に就き、次男の弟は柔道整復師や鍼灸師の資格を持ち、接骨院に勤務しています

兄弟が優秀なのは、ひとえに父親と母親の熱心な教えがあったからでしょう。

  • 長男・兄:保険会社勤務
  • 長女・姉:歯科衛生士
  • 次女・アンミカさん:モデル、タレントほか
  • 次男・弟:柔道整復師、鍼灸師で接骨院勤務
  • 三女・妹:名前は安清美 (あん きよみ)、生年月日不明1974年生まれ、職業セラピストでサロン経営の社長

アンミカさんの兄弟の年齢は妹の安清美さんのみ、50歳ということがわかっています。※ 2024年の誕生日時点

安清美さんが経営するお店はオリジナルのタイ古式セラピーが大人気。明るい性格はアンミカさんにそっくりで、仲良し姉妹として有名です。

2人に限らず、アンミカさんの5人の兄弟仲は子供の頃から変わらず今も良好。

アンミカ:「もはや兄弟姉妹を通り越して全員が親友みたい。毎年、正月は兄弟姉妹も夫との旅行に参加してくれます。」

全員がおしゃべり好きで、学校から帰ると一斉に今日の出来事を話し始めるのだとか。それを聞く母親は大変だったそう。

しかも関西育ちの兄弟、オチがない話をすれば「だからなんやねん!」とすぐに誰かがツッコミを入れるとのこと。

そんな明るく楽しい家庭でしたが、母親が他界すると長女である姉が母親代わりに。アンミカさんは家族のために尽くしてくれた姉を今でも心から尊敬し、感謝しているそうです。

兄弟と出会えば「楽しくて帰りたくなくなる」というアンミカさん。素晴らしい兄弟に出会えたことを、今も天国の両親に感謝していると話しました。

アンミカさんのインスタグラムより~兄弟の写真画像~

◆安清美さんのインスタグラムより

アンミカ プロフィール

本名・韓国名:アンミガ

生年月日・1972年3月25日

出身地・韓国

血液型・O型

身長・171cm

学歴・大阪市立文の里中学校、大阪府立住吉高等学校

1975年、家族で来日。その後、貧乏生活を送りました。父親、母親、兄弟5人で4畳半暮らし。お風呂はなく台所で洗髪していたそうです。

そんな中、実家は火災に合い新聞配達などで家計を支える日々。高校生になるとモデル事務所に応募し、卒業後は単身でパリへ移住します。

18歳でイギリスのファッション誌に写真が掲載され、20歳の時にパリコレデビュー。そして30歳頃、2002年4月から1年間、韓国延世大学校韓国語学堂に留学しました。

2009年に「韓国名誉広報大使」となり、2012年にアメリカ人の実業家と結婚。2013年には初代「大阪観光大使」に就任しています。

その後はモデル業のほかテレビ・ラジオ番組の出演、ジュエリー・ファッションデザイナー、化粧品プロデュース、エッセイ執筆や講演、シンガーなどで活躍。

2024年はドラマ「イップス」、ラジオ番組「アンミカ Teen-ager倶楽部」、トークバラエティー「トークィーンズ」、情報番組「DayDay.」「サタデープラス」などに出演しています。

◆アンミカさんのインスタグラムより

タイトルとURLをコピーしました