坂本龍一 死因がん転移か「自分が死ねば…」家族の支え

音楽

 

2023年3月28日、坂本龍一さんが他界。享年71歳でした。62歳の時に中咽頭ガンと診断され、68歳の時に直腸がんと診断され、両肺などにも転移しステージ4だったと公表。

がんは転移しやすく、「もし自分が死ねば」と家族のことを考えながら生活していました。

初婚の妻から事実婚の妻まで、4人の子供たちへの思いとは…

 

坂本龍一 初婚の妻は一般女性

坂本龍一さんは過去に2回結婚をしています。初婚は東京芸術大学の学生時代で、お相手は一般女性でした。当時は現在のように人気があったわけではないので注目されず、妻となった方の情報は出回っていません。

ただ、初婚の一般女性との間に、子供 (娘)が誕生しています。離婚にあたっては離婚調停が成立するまでに7年間と長引き、すんなりいかなかったようです。

 

坂本龍一 2度目の妻は矢野顕子

馴れ初め

坂本龍一さんが初婚の妻とまだ離婚調停中のことでした。1979年、YMOのワールドツアーに、ミュージシャンの矢野顕子さんがサポートメンバーになり出会います。

この頃、矢野顕子さんは前夫と離婚したばかり。共に結婚生活や音楽関係の話で意気投合し、親しくなったようです。

坂本龍一さんの方から矢野顕子さんにアプローチしての結婚でしたが、離婚調停中での熱愛発覚のため、矢野顕子さんの略奪婚と報じられてしまいました。

この時、矢野顕子さんは風太くんという連れ子と共に、坂本龍一さんと再婚しています。

離婚理由

およそ20年続いていた2人ですが、ある出来事で夫婦関係が壊れてしまいます。報道によりますと、1990年代から坂本龍一さんは、自身の女性マネージャーと不倫関係にあったとのこと。

さらに1999年、女性マネージャーは坂本龍一さんとの子供を出産。2001年の夏頃に、坂本龍一さんと矢野顕子さんは離婚協議に入ってしまいます。その後、およそ5年間の離婚協議の末、2006年8月に離婚が成立しました。

矢野顕子【画像】Twitter

矢野顕子さんは現在も「矢野顕子リサイタル2022~ピアノ弾き語り~」など、パワフルに音楽活動されています。しかし新型コロナウイルス感染拡大に伴い、公演の延期や中止など苦渋の決断もありました。

 

坂本龍一 現在の妻は空里香

坂本龍一さんは、矢野顕子さんとの離婚後は入籍せず独身生活。とはいえ、坂本龍一さんとの子供を授かった女性マネージャーとは事実婚を貫いていました。

妻の名前は、“空里香(ソラノリカ)” さんといい、坂本龍一さんを若い頃からずっと支えてきた敏腕マネージャー。仕事上においても、切っては切れない縁かもしれません。

ある取材の中にこうした言葉が出てきました。

あるよく晴れた日の午後、筆者は坂本とタカハシ、そして坂本の妻でマネジャーの空里香(そら・のりか)に嘉日で会って話を聞くことができた。

出典・2018-8-2「クーリエ・ジャポン」坂本龍一、レストランのBGMに耐えかねて…自分で選曲しちゃいました。

「坂本の妻」とありますが、“内縁の妻” ということでしょう。

 

坂本龍一 妻・空里香の年齢・馴れ初め「自分が死ねば…」

空里香さんは生誕年が1963年ということだけ分かっており、2023年には60歳になられるようです。

学歴は偏差値の高い都立北園高等学校を卒業し、多摩美術大学美術学部油絵学科を卒業。多摩美術大学時代から現代美術的アプローチで、コンサートを手がけてきました。

2人の馴れ初めは仕事を共にしたこと。

出会いは1987年。彼女は舞台美術を手がけるアーティストで、坂本さんがツアーコンサートの美術担当に抜擢したことがきっかけでした。

引用:2022-06-17「NEWSポストセブン」がんステージIVの坂本龍一、パートナー女性との“覚悟の入籍”を決断か

2014年のがん発症からずっと坂本龍一さんの闘病を支えてきた空里香さん。そんな妻を思い、坂本龍一さんは入籍を考えていたといいます。

「もし未婚のまま自分が死ねば、遺産の相続などさまざまな問題が発生しかねない」

作曲を続け、空里香さんや子供たちと少しでも一緒に過ごしたいと思っていた坂本龍一さん。しかしつらい治療を続けてまで、無理して延命する必要があるのかと葛藤があったようです。

病を患ったことで、妻の空里香さんや子供たちの思いがより一層深まったのかもしれません。当時55歳、2007年8月放送のフジテレビ「ボクらの時代」では子供たちへの思いを語りました。

坂本龍一:「僕はもう、ほとんど子供のために生きてるようなもんだね。僕はさ、4人いるからね。」

下の子は年齢が離れており、上3人は朝まで飲み明かした時期に誕生した子供なのだとか。それゆえ一緒に過ごした時間が少ないといいます。

下の子は孫のような存在で可愛く思ったためか、上の子3人に「ごめん」と謝ったことも。

坂本龍一:「自分にしか興味が無くて、親らしいことをあんまりしてない…」

上の子3人には「本当よ、ひどいわね」と怒られたそう。その後、番組では「財産」の話に。

坂本龍一:「 うん、もちろん (子供たちに残したい)。だけど著作権の権利みたいなことが残っちゃうと、もし自分の子供たちが骨肉の争いになったらさ、こんなに悲しいことはないから。うーん。もう、どっか全部寄付しちゃおうかなとかね。」

年齢を積み重ねるごとに変化した思い。坂本龍一さんのこの言葉は、子供たちへのエールになったのではないでしょうか。きっと4人はこの思いを受け止め、時には父親の背中を思い出し、励まれることでしょう。

 

坂本龍一 妻・空里香が支えた若い頃

坂本龍一さんは若い頃、 かなりのイケメンで女性ファンも多数。

 

坂本龍一 子供は4人

坂本龍一さんの結婚歴をみると子供については複雑。矢野顕子さんの連れ子を含めると子供は4人になります。

実子は3人

  • 初婚の一般女性との子供は、長女・あきこさん。番組「おしゃれカンケイ」で娘の名前を公言。
  • 矢野顕子さんとの子供は、 次女で歌手の坂本美雨(みう)さん。1980年生まれ。
  • 女性マネージャー空里香さんとの子供は、長男・空音央(ねお)さん。1999年生まれ。

子供たちも才能を受け継いで音楽や映画の道に進んでいます。

矢野顕子との娘は歌手に

坂本龍一さんと矢野顕子さんの間に生まれた坂本美雨さん。YMOの曲を胎教として育ちます。9歳の時に家族と共にニューヨークへ移住。英語と日本語が話せるバイリンガルです。

1997年、16歳になると “Sister M” 名義で坂本龍一さんの「The Other Side of Love」に客演して歌手デビュー。この曲はドラマ「ストーカー 逃げきれぬ愛」の主題歌になり、CD売上70万枚超えの大ヒットとなりました。

2006年、舞台「竹中直人の匙かげん2」で女優デビュー。そして2014年に1つ年下の一般男性と結婚しています。結婚相手は山口博之さんといい、職業はブックディレクター兼編集者。

現在は娘 (通称 “なまこちゃん”) が誕生し、愛猫と一緒に仲良く暮らしているようです。

坂本美雨さんは自身のオンラインショップにて、25周年グッズを販売スタート。2022年10月19日、村上春樹ライブラリーにて「早稲田大学国際文学館キャンパス・ライブ 坂本美雨@ The Haruki Murakami Library」を開催されました。

坂本美雨オフィシャルサイト

空里香との息子は翻訳家

坂本龍一さんの女性マネージャー、空里香さんとの間に生まれた長男・音央(ねお)さん。〈本名・空音央〉1999年生まれなので現在は成人されています。米国生まれの日米育ち。

コネチカット州ウェズリアン大学で映画と哲学を専攻され、その後はニューヨークのブルックリンでフリーランスの映像作家やアーティスト、さらに翻訳家として活動しています。

2017年、坂本龍一さんのドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto: CODA」に空音央さんは撮影を、母親の空里香さんはエグゼクティブプロデューサーとして携わりました。

そして2019年は、短編映画「The Chicken」の監督を務めています。志賀直哉氏が1919年に執筆した短編「十一月三日午後の事」をショートフィルムに。

空音央さんは「映画は毎日が勉強」といい、故・黒澤明監督の撮影の仕方を学びながら前に突き進んでいます。ぜひ頑張って今後も良い作品を残してほしいですね。

2014年、62歳の時に中咽頭(いんとう)ガンと診断された坂本龍一さん。若い頃はともかく、40代からは「健康オタク」と言えるくらい体を気使っています。

今後も元気に、孫のためにも、そして世界に楽曲を届けてほしいところでした。

 

坂本龍一 死因はがん転移か 享年71歳

2023年3月28日、坂本龍一さんが他界されました。享年71歳でした。わたくしは「戦場のメリークリスマス」を聴くと、鳥肌が立ち胸が熱くなります。

坂本龍一さんはなぜ亡くなってしまったのでしょうか。訃報を聞き、悔しさと寂しさとショックで言葉も見つかりません。

2014年、坂本龍一さんは 62歳の時に中咽頭がんと診断されました。中咽頭がんでは、発見時に頸部リンパ節に転移していることも少なくありません。また、肺、肝臓、骨などの他の臓器に転移することもあります。

その後 2020年、68歳の時に直腸がんと診断され、この時は両肺などにも転移しておりステージ4と公表。中咽頭がんの再発によって直腸がんになったと思われます。

再発とは、治療によって見かけ上なくなったことが確認されたがんが、再び現れること。原発巣やその近くにがんが再び現れることだけでなく、別の臓器で「転移」として見つかることも含めて再発といいます。

直腸がんと同時に両方の肺などにも転移していることから、坂本龍一さんはがんが再発したことで亡くなった可能性が高いようです。

ステージ4と診断を受けた2020年6月からは、がん治療を受けながら体調の良い日は自宅内のスタジオにて創作活動を続けていました。

最期まで音楽へ愛を注ぎ続けた姿からは、まさに「世界のサカモト」と評される音楽家だといえます。今後も坂本龍一さんの楽曲に触れ、癒されながら過ごしていきたいと思います。

謹んでお悔やみ申し上げます。

 

坂本龍一 プロフィール

本名・坂本 龍一(さかもと りゅういち)

生年月日・1952年1月17日

出身地・東京都中野区

血液型・B型

身長・171センチ

学歴・東京都立新宿高等学校、東京芸術大学大学院修士課程

父親は河出書房の編集者で、母親は帽子デザイナーでした。ピアノに力を入れる幼稚園だったため、3歳からピアノを習い始めます。10歳頃には東京芸術大学教授に師事し、作曲を学習。

坂本龍一さんが電子音楽に出会ったのは、大学在学中のこと。1978年、細野晴臣さんのアルバムに参加したことで誘いを受け、高橋幸宏さんと共に “イエロー・マジック・オーケストラ” (YMO) を結成します。

また、映画「戦場のメリークリスマス」に俳優として出演。この映画音楽も制作し、日本人初の英国アカデミー賞の作曲賞を受賞しました。

作曲家、編曲家、作詞家、音楽プロデューサー、ピアニスト、ドラマー、環境運動家、音楽評論家、政治評論家、社会運動家、キーボーディスト、指揮者、タレント、シンセシスト、俳優として活動する世界のレジェンド級ミュージシャンです。

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