大越健介 若い頃は野球日本代表「兄と練習し東大で…」野球部時代の活躍

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テレビ朝日「報道ステーション」の大越健介キャスター。 2021年11月15日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」に出演しました。3歳から野球を始め、若い頃、大学時代は日本を代表するメンバーに!

大越健介さんが野球を始めたきっかけとは?東京大学を選んだ理由は野球が影響?計算高かった!?

【「ginzasonypark」公式インスタグラムより 】

※ 大越健介キャスター (右側)

 

大越健介 野球を始めたきっかけ

2021年11月15日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」では、これまでの野球人生を振り返っています。意外な活躍に驚いた視聴者も多かったのでは!?

大越健介さんは両親からグローブとミットをプレゼントされたことで、3歳から野球を始めました。

大越健介:「毎日、本当に連日、家の前とか横の田んぼとかですね、兄とキャッチボールをしてました。」

保育園の時から、将来は “野球選手になる“という夢を持っていたのだとか。

大越健介:「保育園で必ず、野球選手かお相撲さんて書いてました(笑)」

日頃からキャッチボールし、球に馴染めたのは兄のおかげ。大越健介さんの兄は、現在医師をされているようです。

 

大越健介 兄と一緒に野球練習~キャッチボール~

大越健介さんの兄は3つ年上。名前は大越章吾 (おおこし しょうご)さんといいます。幼い頃から一緒にキャッチボールし、野球の練習をしていました。

そんな大越健介さんの兄の職業は、新潟県新潟市中央区浜浦町にある日本歯科大学医科病院の院長。兼、日本歯科大学新潟生命歯学部教授です。

兄・大越章吾 経歴

1983年、新潟大学医学部を卒業

1986年、新潟大学第三内科大学院に入学

1987年、新潟大学医学部ウイルス学教室へ

1988年、国立がんセンター研究所ウイルス学教室で、日本型HCV遺伝子の分子クローニングの成果を発表

1994年、米国赤十字研究所で肝炎のマウスモデルの研究を行う

その後新潟大学第三内科講師、昭和大学横浜市北部病院准教授を経て、現職。

今は睡眠時無呼吸症患者を対象として低酸素血症とNASH進行メカ二スム、歯髄幹細胞を肝細胞に分化させ、劇症肝炎などの再生医療に応用するような研究に携わっている

兄弟共に立派な職業に就かれているのですね。

 

大越健介 若い頃の野球部時代を思い出し【画像】

「徹子の部屋」では大越健介さんの中学時代の野球部姿が公開されました。今ではすっかり落ち着いたキャスターといった印象ですが、この頃はスポーツマン!

過酷なNHKの記者時代も、学生時代に培われた体力で切り抜けられたのかもしれません。

2021年10月4日、「新潟野球ドットコム」の公式Twitterにて大越健介さんの現在の投球姿を掲載。日頃はなかなか見られない貴重な写真となっています。

本日からテレビ朝日系「報道ステーション」の新キャスターとなった大越健介さんは新潟県出身です。新潟高校では捕手(新発田農の長田裕校長[新潟県高野連副会長]と同期)、東大野球部では投手としてリーグ戦8勝を挙げました。5年前にエコスタで開催された日米大学野球では始球式を務めました。

2021年10月4日、「新潟野球ドットコム」の公式Twitterより

【「新潟野球ドットコム」の公式Twitterより

 

大越健介 高校時代、甲子園を目指す

大越健介さんは新潟高校に入学すると野球部に所属。2年生の時に強肩の捕手に、3年生の時に投手へ転向しています。甲子園を目指すも残念ながら準決勝で敗退してしまったとのこと。

大越健介:「最高で県大会も準優勝止まりで、最後の夏もベスト8で負けて・・・」

最後の夏が終わり、勉強に励もうと気合を入れた大越健介さん。

しかしつい野球がやりたくなり、毎日のように後輩の練習に顔を出しに行ったとか。この熱い野球愛が続き、進学先の大学を野球優先で決断!

 

大越健介 東京大学への入学は野球が理由?

高校卒業後も野球を続けたいという思いから、大学を慎重に考えた大越健介さん。

“神宮球場でやるには東京6大学!“

しかし早稲田大学や慶応大学は全国から優秀な選手が集まりそうで気が引けたとのこと。

大越健介:「地方の公立校出身の自分がとても入る余地は無いだろうし。」

そこで、東京大学に入ればレギュラーになれるのではないかと考えたのだとか。その後、東京大学で野球をやるため猛勉強。

一浪するも見事合格し、東京大学文学部国文学科に入学しました。

大越健介:「奇跡的に入りましたね(笑)」

東京大学への志望動機が野球というのは珍しいかもしれないですね。

 

大越健介 東京大学では日本代表メンバーに!

東京大学に入学した大越健介さんは、早々4月1日に野球部へ入部届を出したそうです。そしてすぐさま練習を開始。体格が大きくなかったことで、内野手でいいかと思っていたところ・・・

監督が「ストライクが入るのはおまえしかいない」と、ピッチャーに推薦してきたのだとか。そして大学1年生の秋に試合デビューし、2年生の春から先発の一角を任されたといいます。

この頃から「エースピッチャー」と呼ばれ始めた大越健介さん。大学中には50試合を登板。8勝27敗という記録を残しています。

大越健介:「東大の歴代の中ではたぶん4位か5位くらいにはあると思います。」

大学時代の最後まで故障せずに投げ切れたようですよ。

日米大学野球では東京大学から出場。国立大学からは初めての選出でした。スポーツ新聞にも大きく取り上げられています。

大越健介:「(家族も) 喜びましたね。出番は少なかったんですけど(笑) でも出られただけでいいやって(笑)」

野球一筋で優秀な選手だった大越健介さん。息子3人にも幼い頃からバットを握らせ、一緒に練習しています。長男に関しては甲子園に出場!大越健介さんはとても嬉しかったでしょうね。

 

大越健介 プロフィール

本名・大越健介 (おおこし けんすけ)

生年月日・1961年8月25日 

出身地・新潟県三島郡寺泊町 ※現在・長岡市

血液型・非公開

身長・169cm

学歴・新潟市立石山中学校、新潟県立新潟高等学校、東京大学文学部国文学科

大学卒業後1985年にNHKへ入局。政治部記者、ワシントン支局長を経てNHK「ニュースウオッチ9」の第4代男性メインキャスター・編集長に。36年間務め上げ、2021年6月に定年退職しました。

その後フリーになり、2021年秋改編でテレビ朝日「報道ステーション」の新メインキャスターとして活躍しています。

 

◆大越健介さんの妻・正子さんや息子3人についての記事はこちらです ↓

結婚した妻・正子や息子を語る「手術の看護師で…」馴れ初め・年齢・家族構成

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