三宅裕司 妻は名前正子「7回破局し子供2人」画像 馴れ初め 再婚相手

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三宅裕司さんに再婚相手はおらず結婚歴1回。結婚した妻の名前は天野正子さん(マコさま)といい同年齢、写真画像は非公開だが職業は現在唐揚げ店経営の仕事に就いている。

三宅裕司さんの馴れ初めは学校の同級生だったこと。三宅裕司さんに子供や孫は何人いるのか、娘や息子の現在の職業とは…

西条昇の浅草エンタメ散歩」公式 X (旧:Twitter) より

三宅裕司 再婚相手でなく妻は初婚相手~名前・年齢・画像・職業~

三宅裕司さんには結婚歴が1回。ネット上では「三宅裕司 再婚相手」とのワードがついていますが離婚経験もなく再婚相手もいません。

三宅裕司さんが結婚した妻の名前は「天野正子 (あまの まさこ)」さんといい同年齢の一般女性。そのため写真画像は非公開ですが、職業は能力開発セミナー会社の社員として働いていました。

高校3年から交際を始めた三宅裕司さんは1986年6月9日、34歳のときに結婚。

三宅裕司さんの妻・正子さんは天然の可愛らしい女性で、三宅裕司さんがたびたび妻語録を明かすため有名になり、「マコさま」という愛称で親しまれています。

「マコさま」と呼ばれ始めた理由は、三宅裕司さんが結婚当時にパーソナリティを務めていたラジオ番組で「うちのマコ様」というコーナーがあったから。

番組では名言ならぬ迷言を紹介していました。そんな三宅裕司さんの妻・正子さんですが、現在の職業はテイクアウト専門店「浅草 安心や」の経営者

昼の時間帯は名物の台湾からあげを求め、20人を超えるお客さんが列を作り大人気です。

2024年9月18日放送のテレビ東京「ソレダメ!あなたの常識は非常識!?」では、妻・正子さんのお店が紹介されました。

「浅草 安心や」のインスタグラムより

三宅裕司さんの妻・正子さんが経営するからあげ店、場所はどこにあるのでしょうか!?

台湾からあげ「浅草 安心や」※情報は2024年9月時点

ジャンル:アジア・エスニック

場所:東京都台東区浅草1-37-11

アクセス:東京メトロ銀座線 浅草駅 徒歩3分
つくばエクスプレス 浅草駅 徒歩6分
東京メトロ銀座線 田原町駅 徒歩8分
浅草駅(東武・都営・メトロ)から267m

三宅裕司さんの妻・正子さんが経営する「浅草 安心や」は、Googleの口コミ評価「4.1」。

油がよく切れていてサックサク!スパイシーな香りと胸肉でさっぱりしているのに加え、食べ応えも抜群です!

グーグルマップ「浅草 安心や」

三宅裕司 妻・正子との馴れ初め~破局復縁7回~

三宅裕司さんと妻・正子さんの馴れ初めは小学校の同級生だったこと。2人は東京都千代田区にある西神田小学校(現:お茶の水小学校)を卒業しました。

小学4年生のあるとき、妻・正子さんが転校してきて同級生に。すると妻・正子さんが三宅裕司さんに恋心を抱きます。

そして2人は同じ千代田区立一橋中学校に入学。このときはマンモス校のため、一緒のクラスになることはありませんでした。そして高校も別々に。

しかし高校2年生になると、小学校時代のクラス会で再会を果たします。これがきっかけで三宅裕司さんと妻・正子さんは高校3年生より交際をスタート。

その後、破局復縁を7回繰り返して結婚に至りました。

三宅裕司:「別れて、しばらくすると戻って、っていうのを7回繰り返したんですよね。それで34歳で結婚して…」

取り返しのつかないような破局の仕方をしたのは27歳のとき。三宅裕司さんは当時無名で生活も苦しく、喫茶店でのアルバイト生活でした。

「結婚婚しよう」とプロポーズするも、将来性がないことで妻・正子さんのご両親が反対。三宅裕司さんは納得したうえで別れています。

その後 1984年、知名度があがった三宅裕司さんは再びプロポーズ。結婚をあきらめかけていたところ突然告白された妻・正子さん。半信半疑でしたがうれしかったそうです。

婚約した当時、三宅裕司さんがパーソナリティーを務めるラジオ番組「三宅裕司のヤングパラダイス」で妻・正子さんと登場し生報告。

三宅裕司:「僕は小学校のとき、モテるタイプだったんですね。実は各学年・学期ごとに好きな女の子が変わるんです。一度整理する意味で名前を書いて、一覧表を作っていたのですが、それによると5年生の2学期のとき、彼女の名前を書き入れてます。」

そんな三宅裕司さんはよく妻・正子さんのことをいじめていたのだとか。

妻・正子:「よくノートを取られたり、隠されたりしました。でも今考えると、いじめられるのがうれしかったみたい。」

妻・正子さんは三宅裕司さんのことをほうきをもって追いかけていたそうです。

三宅裕司さんの結婚の決め手は高校2年生のときから変わらないフィーリング。「同じところで笑えるセンス」だと話しました。

出会いから25年目に結ばれた三宅裕司さんと妻・正子さん。今も夫婦仲が良く、仲睦まじく暮らしています。

三宅裕司 妻・正子の天然語録が話題

三宅裕司さんの妻、「マコさま」の天然発言は以前から話題になっています。妻・正子さんのこれまでの語録を並べると、疲れが吹っ飛ぶほど面白くてほっこり。

  • ガソリンスタンドにて「マソリン、ガンタンで!」
  • 「耳は切らないでください」
  • タクシーの中で「まっすぐ行って、次の信号を右に曲げてください」
  • 自宅で料理教室を開いたとき友達に「紹介します。アソコが立っているのがうちの主人です」

2024年5月20日放送のフジテレビ「ぽかぽか」では、三宅裕司さんが妻・正子さんのあらたな語録を報告。

三宅裕司:「わりと天然の女房なのでね…。寝室で夫婦ゲンカして、怒って出ていこうとして、俺がじゃまだったんだろうね。”どいてよ” っていうところを “抱いてよ” って言っちゃって。そこでケンカ終わったよね。笑っちゃって。」

ほかにも妻・正子さんが確認するためホテルに電話したとき、チェックインのことを間違えて「おたく、ベッドイン、何時ですか?」と聞いてしまったのだとか。

三宅裕司さんの妻語録はクスッと笑えていやされますね。

三宅裕司 妻・正子が病気支え~病名:脊柱管狭窄症~

三宅裕司さんはこれまで数々の病気やケガを患っています。

  • 2011年:長年患っていた病気「椎間板ヘルニア」が悪化で「脊柱管狭窄症」

このときは脊柱管狭窄症 (せきちゅうかんきょうさくしょう) と診断され緊急手術。下半身の感覚がほぼない状態が続き、リハビリをするため年内は休養することに。

  • 2018年:病気「前立腺肥大症」

2012年に「椎間板ヘルニア」から復帰するも、治療に専念するため再度休養しています。

  • 2019年:ケガ「左大腿転子部骨折」

長野のスキー場で転倒してしまい現地の病院で手術を受けました。

  • 2022年:病気「関節リウマチ」

病気やケガで悩まされた三宅裕司さん。2011年、60歳頃の脊柱管狭窄症は放送局の仕事のあと、痛みとしびれで下半身がまったく動かない状態になり救急搬送されています。

医師から「リハビリしても止まってしまった神経が伸びる保証はない。治る確証もない」と告げられてしまいました。

しかしこのとき、妻・正子さんは「三宅は絶対に治る。舞台にいる姿が私には見えます」と断言。

一生涯、車いす生活になるかもしれないといわれていましたが、妻・正子さんは気丈に振舞い夫を支えています。

三宅裕司さんはそんな妻・正子さんのことを「神様みたいな女房」と称えました。

三宅裕司 子供や孫は何人いるのか~性別・年齢~

三宅裕司さんに子供は何人いるのか話題に。

三宅裕司さんはこれまで娘と息子の2人が誕生しています。娘 (長女) の名前は「麻祐子(まゆこ)」さんといい職業は元女優。息子 (長男) の名前は不明ですが、職業はポスターなどのデザイン家。

以前から画家志望だった息子さんは、2009年公演の舞台「ステルスボーイ」のポスターをデザインしています。2人とも社会人となり、現在それぞれの場で活躍中。

三宅裕司さんの子供2人の年齢ですが娘は38歳、息子33歳になられます。※2024年の誕生日時点

娘・麻祐子さんは、2013年12月23日に劇団「東京セレソンDX」で共演したことで、俳優でモデルの弓削智久 (ゆげ ともひさ) さんと結婚。

その後に子供を出産し、三宅裕司さんには現在4歳と1歳の孫が2人おり、性別は第一子が女の子で第二子が男の子です。※2024年9月時点

三宅裕司:「ウチの孫が生まれて、半年ぐらいでわかったんだけど、あの子は天才だね。」

娘・麻祐子さんに第一子が誕生したときはこのように明かし、今ではすっかり孫にデレデレのおじいちゃんになりました。

◆弓削智久さんのインスタグラムより

三宅裕司 妻・正子や子供、孫の現在語る「徹子の部屋」

2024年10月4日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」に三宅裕司さんが出演。妻・正子さんや子供、孫との現在の自宅生活を明かしました。

今は子供2人に加え孫2人が誕生し、家族が増えた三宅裕司さん。孫は会話ができるようになり、変わらず溺愛しているそうです。

そんな幸せな生活を送れるのは妻・正子さんのおかげだと感謝しました。

医師:「 だいたい (大腿) の骨が折れています。」

妻・正子:「えー! (だいたいって…ほとんどの骨が!?) そんなにたくさん折れたんですか!?」

なんとかライブに間に合ったのだとか。今、孫からパワーをもらっている三宅裕司さん、今後の元気な活躍を応援したいですね。

◆2024年10月4日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」三宅裕司 番組内容詳細

今年は3つの周年を迎えるおめでたい年!三宅裕司さんがゲスト。

70代になった今も精力的に活動を続ける三宅さん。超多忙な毎日を送ってこられたのは、支えてくれた妻の存在が大きいと語る。妻は非常にユニークで、毎回出演のたびに愉快なエピソードを披露。

また今は、4歳と1歳の孫が可愛くて仕方がないそう。三宅さんならではの話術で語る孫たちとのエピソードがまた愉快。今は元気な三宅さんだが、60代は様々な病気や怪我に襲われた。病気を経て迎えた45周年…劇団への思いを熱く語る。

◆「徹子の部屋」公式 X (旧:Twitter) より

三宅裕司 プロフィール

本名・同じ

生年月日・1951年5月3日

出身地・東京都千代田区神田神保町

血液型・B型

身長・176センチ

学歴・明治大学附属明治高等学校、明治大学経営学部

三宅裕司さんの実家の父親は印刷会社の経営者でした。母親は元松竹歌劇団出身の日本舞踊名人で、兄弟は6歳上の兄が1人。

子供の頃は母親の影響で日本舞踊や三味線、長唄、小唄などを習ったそうです。

中学時代からは落語やバンド活動。落語は大学時代も続け、卒業すると喜劇役者を目指して「日本テレビタレント学院」に入学しました。

その後、「劇団東京新喜劇」に入所するも劇団が解散してしまい、「劇団大江戸新喜劇」を旗揚げ。

そしてこのときのメンバーだった小倉久寛さんら15人と、1979年に笑いを追求した「劇団スーパー・エキセントリック・シアター」を旗揚げし、座長を務めます。

1980年代になるとテレビやラジオ番組の出演が増え人気者に。「テレビ探偵」や「三宅裕司のいかすバンド天国」などのレギュラー番組を抱えました。

2024年はドラマ「おかしな刑事最終回!大千秋楽スペシャル」、ラジオ番組「三宅裕司のサンデーヒットパラダイス」、「徹子の部屋」、「昭和うた旅」、「ふらっと」などに出演。

「ふらっと」公式 X (旧:Twitter) より

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