松岡修造 妻 田口惠美子は元女子アナ「離婚危機を語る」子供3人~娘は宝塚星組~

芸能

 

松岡修造さんが結婚した妻・田口惠美子さんは2歳年上で、ハーバード大学院出身の元テレビ東京のアナウンサー。TBS「金スマ」では妻・惠美子さんが画像出演し、子供たちと共に自宅生活を赤裸々告白!

記者からの質問「離婚危機」に言及した。

娘・松岡恵さんは宝塚の星組で「稀惺かずと」として有名。妻・惠美子さんや子供たちの現在とは…

【 「報道ステーション スポーツ」公式Twitterより

 

松岡修造 結婚した妻・田口惠美子は元女子アナ

松岡修造さんが結婚した妻は田口惠美子(たぐち えみこ)さんといい、元テレビ東京の女子アナウンサー。年齢は松岡修造さんより2歳年上です。

妻・惠美子さんは容姿端麗で経歴が素晴らしく、キャリアウーマンといった印象。

本名・松岡 惠美子 (まつおか えみこ)

生年月日・1966年2月2日 

出身地・東京都

学歴・日本女子大学附属中学校・高等学校を経て、日本女子大学文学部英文学科卒業、ハーバード大学教育大学院メディア専攻修士課程修了

1991年、テレビ東京へ入社後は報道局で記者として活動。その後、アナウンサーになり報道番組などを担当しました。

テレ東に在籍中の1995年には、書籍 「TVニュース七つの大罪 -なぜ、見れば見るほど罠にはまるのか」を翻訳出版。2002年~2005年は国際基督教大学の客員教授を務めています。

【 主な出演番組 】

  • タモリの音楽は世界だ!(1993年10月 – 1994年9月)
  • TXNニュース THIS EVENING(1992年4月 – 1996年9月)
  • ワールドビジネスサテライト (1996年9月 – 1997年12月)

 

松岡修造 妻との馴れ初め

松岡修造さんは1988年に世界ランキング100位内に入ると、日本のトップテニスプレーヤーの仲間入り。身長188センチのスラリとしたスタイルから女性からも大変人気でした。

「甘いルックスにエリート家系…颯爽と出現したスター候補」

1995年、27歳の時にテニスの世界四大大会「ウインブルドン選手権男子シングルス」に出場。当時は「出場しても1回戦や2回戦敗退を繰り返しているし、ケガもあって四大大会では結果を残せない」と言われ、あまり期待されていませんでした。

そんな中、松岡修造さんは自分だけを信じて戦い抜き、日本人男子では62年ぶりとなるグランドスラムベスト8に進出。勝った瞬間にコート上で大喜びして大の字になり、天を仰いだシーンは有名です。

この「ウィンブルドン選手権」での通算7勝は、2015年に錦織圭選手に抜かれるまで日本人最多の記録。

引退後はテニスの指導をしながら、熱いキャラでキャスターやタレントとして活躍している松岡修造さん。当時のすごさが風化されつつありますが、かつての栄光は日本のスポーツ史に深く刻まれています。

松岡修造さんはこの偉業を成し遂げた「ウインブルドン選手権」にて、スポーツ選手と女子アナウンサーといった関係で田口惠美子さんと出会いました。

当時、松岡修造さんは海外遠征のため離れた場所にいましたが、惠美子さんへ毎日のように電話をかけていたといいます。

惠美子さんは冷静沈着な落ち着いた女性。プレッシャーでおしつぶれそうな松岡修造さんの心に耳を傾け、優しく的確にアドバイスしていたのかもしれません。62年ぶりとなるベスト8進出は、そうした惠美子さんの陰ながらの支えもあったのではないでしょうか。

そして、この2年後に松岡修造さんはプロの世界を引退。「結婚したらおれは100%幸せになれる自信があるけど、きみを幸せにする自信はない」とプロポーズすると、惠美子さんは笑いながら受け入れ、1998年に結婚しました。

 

松岡修造 妻との結婚生活~亭主関白~

松岡修造さんが「亭主関白」であることは超有名。過去の取材などで数々のエピソードが公表されています。家庭内において「修造ルール」は絶対なのだとか。

  • 「すっぴんを見せるな」松岡修造さんが朝起きる前に化粧を済ませ就寝後に化粧を落とす
  • 「料理は炊き立て」電子レンジでチンしたものはNG!?
  • 「肉を焼くときはフライパンで、食べ終わるタイミングを見計らって焼き立ての状態をお皿に一枚ずつ運ぶ」

どれも考えただけで疲れてしまいますね…

仕事場ではいつも冷静でめったに怒ることはないという松岡修造さん。自宅に帰ると家族に対しては感情的になってしまうのだとか。

それは子育ての時も同様。子供がした行為に疑念を持つと「どうして?」「なんでそうしたの?」と問い詰め、話はずっと聞き入れるも、再び質問をぶつけていくとのこと。

妻・惠美子さんは明確な答えを早く出したいタイプなので真逆。ときには大ゲンカになることもあるようです。

松岡修造さんの「亭主関白」と同時に妻・惠美子さんの献身ぶりも有名。結婚生活がなぜこれまで続けてこられたのか疑問さえ起きますが、継続できるのには理由があるようです。

それは松岡修造さんの「妻なくして自分の存在はない」「仕事が楽しめているのは妻のおかげ」「子どもの時間より妻との時間を大切にしたい」といった愛情の言葉があるから。こうした言葉から「おしどり夫婦」とさえ言われてきました。

松岡修造:「1番大切なことは、ちゃんと奥さんの話を聞いてあげること。それが出来ていないけど…。奥さんに気に入られるのが僕の課題ですね。」

 

松岡修造 妻と手つなぎデート「離婚危機を語る」

2015年5月14日、著書「解くだけで人生が変わる!修造ドリル」の発売記念トークイベントが都内で行われました。この時、取材記者から妻との離婚危機について質問され、このように答えています。

松岡修造:「僕の夢はうちの妻から好かれること。一応一緒にいてくれるけど、子供も3人いて色々と思うところはあるのではないかと思います。危機は全然ないと思います。僕はずっと好き…」

松岡修造さんは「好かれている自信はない」といった消極的な発言をするも、「離婚は全然ない」と自身満々。妻・惠美子さんの心の内はいかがなものでしょうか。

2022年2月2日、「NEWSポストセブン」では結婚25年目の2人を直撃。今、夫婦関係に変化が訪れているといいます。子供たちは寮生活、留学、思春期といったそれぞれの生活に入り、夫婦だけで過ごす時間が増えました。

さらにコロナ禍による自粛生活。夫婦関係がギスギスしたこともあったようです。そんな状況に松岡修造さんは「自分が変わらなければいけない」と感じ、ある行動に出ました。

それは 2022年1月下旬の東京・六本木。

「NEWSポストセブン」は2人が手をつなぎデートする姿を目撃しています。当初、松岡修造さんはマイルールとして「外に出る時に手をつなごうとするとか、そういうのが大嫌い」と明かしていました。

夫婦関係を変えるべく、こうしたルールから変えていこうと決意。この日は妻・惠美子さんの誕生日だったことも後押ししたようです。

「マイルールがいかに身勝手だったか、それにつきあってくれた妻がいかに寛大だったか。松岡さんは妻への感謝を、目に見える形で伝えようとしているのではないでしょうか」(前出・松岡の知人)

引用:2022年2月2日「NEWSポストセブン」

松岡修造さんが少しずつでも妻・惠美子さんのためを思い、行動していくのであれば、惠美子さんだけでなくこの世の女性の心を大きく動かします。

これまで取ってきた行動を払しょくするほどの大きな思いやりが不可欠。ぜひ、妻・惠美子さんに好かれるよう夢を追い続けてほしいものです。

夢は努力すればきっと叶う!

 

松岡修造 子供は何人いるのか

松岡修造さんと妻・惠美子さんの間には子供が3人。娘2人、息子1人が誕生しています。

  • 長女、惠(めぐみ) 1999年生まれ
  • 長男、修(しゅう) 2003年生まれ  
  • 次女、笑(えみ) 2005年生まれ 

2017年、長女の惠さんは宝塚音楽学校に合格すると実家を離れて寮生活を始めました。

この「宝塚」は家族にとって深い縁があり、松岡修造さんの父方の曾祖父が宝塚歌劇団などの阪急東宝グループ創始者で、妻・惠美子さんの義母が元宝塚歌劇団の千波静。そんな親族の思いを受け継ぎ、惠さんは現在「星組」で活躍しています。

長男の修さんは松岡修造さんと同じ慶應義塾幼稚舎に入舎し、2019年に海外留学。次女の笑さんは、日本女子大付属豊明幼稚園から日本女子大付属豊明小学校へ入学しました。

現在、修さんと笑さんに関しては一般人ということもあり、情報はほとんどありません。

 

松岡修造 子供たちからもクレーム!

2015年6月5日放送のTBS「金スマ」に松岡修造さんが出演。アンケート調査により妻・惠美子さんや子供たちからのクレームが明かされました。

妻・惠美子:「夫の熱さはたくさんの人を元気にしているようですが、家族にとっては時に迷惑です。」

妻・惠美子さんからのクレームは、松岡修造さんがたびたび取材などで明かしていましたが、子供たちからのクレームは初めて!? とても衝撃的な内容になっています。

当時16歳の長女・めぐみさん:「ケガをしても “おめでとう!“ と言ってきて、本当に痛くて助けてほしい時はウザいです。」

当時12歳の長男・しゅう君:「僕が横で宿題に悩んでいる時 “パパは昔、できすぎて、できすぎる造って呼ばれてた“ と嘘つきながら答え見るのやめてください。」

当時10歳の次女・えみさん:「これからは、ちゃんとまわりの事 考えてください。ちゃんとゆずっていただけますか。よろしくおねがいします。」

自宅の様子が手に取るように分かりますね。「パパはウザい」という言葉は衝撃的です(笑)

他にも、焼いた肉を一枚ずつ熱々状態でお皿に乗せるのはもちろん、天ぷらも一品ずつ揚げたてをお皿まで運ばなければならないことが明かされました。

さらに、松岡修造さんは仕事に全力を注ぐあまり、家族が咳やクシャミをすると「移っては困るから」とホテルへ泊まりに行ってしまうそうです。

しかし、子供の出産には3人とも立ち会ったという松岡修造さん。ここまでのエピソードをみると、なんだか愛情が空回りしている気が!?

松岡修造:「うちの妻がよく言うのは、“お願いだからその 1000分の1でいいから家族を応援してほしい“ ……自分ではしてるつもりなんですよ。」

家族への深い愛情は確実に持っていると感じますが、妻・惠美子さんや子供たちには思い悩むところがあるようです。

 

松岡修造 娘・稀惺かずと 宝塚星組で活躍

2017年、長女の惠さんは宝塚音楽学校に合格し、寮生活をするため実家を出ています。現在は星組の男役、「稀惺かずと (きしょう かずと)」として活躍中。

本名・松岡恵

出身地・東京都

学歴・日本女子大学附属高校、宝塚音楽学校

愛称・マウイ、ティミー

【名作 ことばの泉~第二章~#9『この恋は雲の涯まで』】 宝塚歌劇の名作を朗読劇でご紹介する「名作ことばの泉」。第9回は『この恋は雲の涯まで』を星組の天華えま、鳳花るりな、がお届けします。

左・稀惺かずとさん。美しい顔立ちとスタイルの良さは両親ゆずりです。

【 「タカラヅカ・スカイ・ステージ」公式Twitterより 】

松岡修造さんは自身のオフィシャルWEBサイトにて日常の出来事を公開。2019年3月1日、長女の宝塚音楽学校の卒業を受けて思いを明かしました。娘へのエールはやはり熱い!

この度、長女、松岡恵が宝塚音楽学校を卒業することになりました。

メディアの皆様よりお問い合わせを多数頂戴しておりますので、
父親である僕が家族を代表して今の思いを伝えさせていただきます。

諸先生方をはじめ、 同期生、またこの二年間支えてくださった皆さまに、心から感謝いたします。

これから宝塚歌劇団の生徒として歩み始めさせていただきます。

その道は決して楽なものではないと思いますが、
小林一三さんのお言葉 「朗らかに、清く、正しく、美しく」をモットーに、
娘自身の好きな言葉 「心に炎 」を保ちながら、日々精進していってくれることを願っています。

今後の娘の道のりを温かく見守っていただけますとありがたいです。

熱さでは娘に負けたくない  松岡修造

 

松岡修造 プロフィール

本名・松岡修造 (まつおか しゅうぞう)

生年月日・1967年11月6日

出身地・東京都

血液型・AB型

身長・188センチ

学歴・慶應義塾幼稚舎から高校まで在学、高校2年生の時に柳川高校へ編入し卒業

小学5年で始めたテニス。中学時代には数々の賞を取り才能を発揮します。しかし一方で、授業も聞かず宿題もせず学校から何度も呼び出しを受けたわんぱく少年でもありました。

高校に入ると指にタコができるほどマージャンにハマる毎日。ある日、「そんな毎日でいいのか!」と、自らテニス強豪校に転向して猛特訓をします。

19歳当時、「ガラスのエース」と呼ばれるほどメンタルが弱かった松岡修造さん。ケガや病気にも悩まされましたが自身で克服しました。

1995年、27歳の時にテニスの世界四大大会「ウインブルドン選手権男子シングルス」に出場。日本人男子では62年ぶりとなるグランドスラムベスト8に進出し快挙を成し遂げています。

引退後は 2012年に日本テニス協会強化副本部長に就任し、「くいしん坊!万才」のレポーターや「報道ステーション」でスポーツキャスターとして活躍中。

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