岩城滉一さんが結婚した妻の名前は「結城アンナ (ゆうき あんな)」さんといい、年齢差は4歳年下で職業はモデルである。
スウェーデンと日本のハーフである妻・結城アンナさんとの馴れ初めは岩城滉一さんのナンパ。岩城滉一さんの現在の病気とは…
岩城滉一 結婚した妻は結城アンナ ~Wiki プロフィール~
岩城滉一さんが結婚した妻の名前は「結城アンナ (ゆうき あんな)」さんといい、年齢差は4歳年下。出生地がスウェーデンで、日本の父とスウェーデンの母の間に生まれハーフです。
10歳の頃に家族と一日本へ訪れ、その後はスウェーデンと日本を行き来する生活を送りました。
16歳頃になると日本に定住し、青山通りで犬の散歩をしていたところスカウトされ、雑誌「anan」や「リビングブック」などでモデルとして活躍。
結婚後は岩城滉一さんの仕事が忙しくなり、家事や育児に専念するため30代で一度モデル業を引退しますが、60代で本格的に復帰しました。
CM「ハウスのジャワカレー」での夫婦共演は有名ですが、現在も旅番組やバラエティ番組、雑誌などで共演しています。
妻・結城アンナさんはスウェーデン語や日本語はもちろん、英語、フランス語も話せて、イラストレーターとしても活動中。
◆結城アンナ プロフィール
本名・岩城アンナ (いわき あんな)
生年月日・1955年9月12日
出身地・スウェーデン
血液型・A型
職業・モデル
趣味・読書
著書:「Anna’s Cookbook 季節の食卓」
岩城滉一 妻・結城アンとの馴れ初めはナンパ
妻・結城アンナさんとの馴れ初めは、岩城滉一さんによるナンパ。1971年、岩城滉一さんが20歳の大学生時代、行きつけのお店だった東京・青山のカフェ「sara」に訪れた時のことでした。
当時16歳の結城アンナさんの可愛らしさに惹かれ、岩城滉一さんが声をかけたことがきっかけで交際に発展。しかし16歳の時にスウェーデンから日本に定住した結城アンナさんは、まだ日本語が上手ではありませんでした。
その当時の様子を2019年10月26日放送のTBS「サワコの朝」で明かしています。
岩城滉一:「目に入れても痛くないくらい可愛いと思いました。僕は日本語以外ダメ。その日本語も危ういくらいだから、ちゃんとコミュニケーション取れてないと思う。」
会話もままならなかったようですが、それが岩城滉一さんのヤンチャぶりを隠すことになり結果的に良かったといいます。
岩城滉一:「でも、それが良かった。僕がどの程度悪いことしてるかわかってないし。」
結城アンナ:「字も読めなかったんで、週刊誌に何か書いてあってもわからなかった。」
出会いから4年後、結城アンナさんが20歳の時に妊娠したことがわかり同棲をスタート。その後、入籍しないまま出産しています。
当時、岩城滉一さんは駆け出しの俳優で無職のような状態。妻・結城アンナさんがモデルの仕事と子育てを両立し、生計を立てていました。
日用品がなくなれば岩城滉一さんにパチンコ店に行ってもらい、勝った景品で調味料などを調達してもらったのだとか。
若い頃、妻・結城アンナさんの支えがなければ「大御所俳優・岩城滉一」は存在しなかったようです。その後、岩城滉一さんと妻・結城アンナさんは事実婚から入籍へ。入籍時期は娘さんが大学時代の時でした。
もともと妻・結城アンナさんには結婚願望はなかったそうですが、様々な書類手続きの際、正式な夫婦の方が現実的なメリットが多いため入籍したようです。
「実は、ずっと同棲で、娘が大学生のときに入籍したんです。夫婦ゲンカをして、離婚する? と言っても(公的に)結婚していないですから(笑)。ケンカも続かないんですよ。そんなことも、夫婦生活が長持ちした秘訣のひとつかもしれませんね」
岩城滉一 妻・結城アンナ【画像】
妻・結城アンナさんの幼少期は、好奇心旺盛で「やっちゃダメ」と言われるとやりたくなってしまうタイプの子だったといいます。
そんな妻・結城アンナさんはハンドメイドや料理好き、さらにはイラストを描くことも大好き。これまでにイラスト展も開催しています。
自宅には「お絵描きコーナー」があり、思い立ったらペンを握るとのこと。そして自宅には我が子のように可愛がる愛犬の「Ozzy (オジー)」くんも!とても可愛いですよね。
岩城滉一 妻・結城アンナとの結婚生活~宇宙旅行~
2014年4月17日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」に岩城滉一さんと結城アンナさんが夫婦で出演し、結婚生活を明かしました。
ハウス食品「ジャワカレー」のCMは9年も続き大好評だった2人。岩城滉一さんは「女房に育てられた亭主みたいなところがある」と振り返りました。
そんな妻・結城アンナさんはアクティブで、毎日1時間ほど散歩するとのこと。
また、岩城滉一さんは多趣味で、オートバイやクラシックカーのレース、ジェットスキー、スキューバダイビング、スカイダイビングなどをしていると話しています。
そして岩城滉一さんは当時、宇宙旅行の関係者の友達に誘われたことがきっかけで宇宙旅行を決意。民間人が宇宙旅行するのは世界初ということで注目を集めました。
妻・結城アンナ:「今度は宇宙ですね。いつもそんな感じなので。」
岩城滉一さんは何十枚もの誓約書を書き、検査や無重力に慣れる訓練をしたり、やっとの思いで宇宙旅行へ行くことに。
往復1時間、費用930万円、宇宙滞在は3~4分程度。しかし、このあと墜落事故多発の影響で無期限の延期になっています。
岩城滉一 妻・結城アンナとの結婚生活~不倫離婚に言及~
2023年9月11日放送のフジテレビ「ぽかぽか」に岩城滉一さんが出演し、妻・結城アンナさんとの離婚危機について言及。「ぽいぽいトーク」コーナーでは、“不倫“ について持論を述べました。
岩城滉一:「俺は (不倫) “いいじゃないのそれ” って…。英雄、色を好むっていう……英雄じゃないヤツがそういうのをするから、家族の面倒を見れなくて問題になるんだよ。」
家族を大切にしているなら、ほかに好きな女性がいたっていいという考え。そんな岩城滉一さんに「ヤンチャすぎて何度も離婚の危機があったっぽい」と過去の離婚危機について質問。
岩城滉一:「新聞見りゃ、みんな知ってんだろ。つまんねー番組見ないでニュース見ろよ (苦笑)」
番組では妻・結城アンナさんからの証言が届いています。
妻・結城アンナ:「若い頃は離婚危機が多々ありました。“今はお金がないから、離婚したら大変だから、お金持ちになるまで待って欲しい“ って言われて。」
妻・結城アンナさんから何度か離婚話しを切り出したことがあるのだとか。以前にもTBS「サワコの朝」で、離婚危機についてこのように言及。
岩城滉一:「“俺がいないのにお前生きていかれんのか“ ってのが心配なんです。だから、“財産ができるまで待ちなさい、それ全部あなたにあげるから。今別れたってあなた食べていかれないでしょ“ って。」
これまで妻・結城アンナさんに迷惑をかけ、負い目を感じているという岩城滉一さん。
岩城滉一:「うちはね、(妻に) 生前贈与はとっくにしました。だから僕は今何もないです。抜け殻だけ (笑)」
さらに妻・結城アンナさんは岩城滉一さんの衝撃的な私生活についても告白。
妻・結城アンナ:「もう、いい年なんだから独り立ちしてほしい。コーヒーを1人でいれられない。ゴミを捨てられない、服を探せない。家で普通にみんなができることができない…」
岩城滉一さんは日頃さみしがり屋で、妻・結城アンナさんが長期旅行に行ってしまうと、寂しくて不機嫌になってしまうのだとか。
岩城滉一:「英雄って孤独なんだよ。(照笑) 女房がよく言う。“私が先に死んじゃったらどうすんの?”って。自分のことはできるようにしなきゃいけないね。」
そんな岩城滉一さんは以前、TBS「サワコの朝」に夫婦出演した際に「俺より早く死なないで。この人いなかったら生きていかれない」と妻・結城アンナさんを見つめながら話しています。
岩城滉一 妻・結城アンナと北海道移住は中止~理由:病気ケガ~
2023年9月11日放送の「ぽかぽか」では、岩城滉一さんが北海道移住の中止を報告しています。
もともと2021年12月に岩城滉一さんは自身のYouTubeチャンネル「51TV」にて、「人生の最後を過ごす場所に選んだのは、北海道」として移住を発表していました。
その後のインタビューでは北海道の東に位置する「弟子屈(てしかが)町」に移住すると公表。
YouTubeチャンネルでは住居の建築模様を投稿していましたが、2022年12月を皮切りに関連動画がストップしています。MCから北海道移住の件を問われると、中止になった理由を語りました。
岩城滉一:「ちょうどそういう風に言った前後に、肺炎やって入院しちゃったんですよ。それで肩甲骨を折っちゃって、今もちょっと足不自由なんだけど…」
岩城滉一さんの病気やケガが原因で北海道移住を中止したとのこと。移住理由はスノーモービルなど冬の遊びをするためだったようですが、あとからこの場所は雪が降らないことがわかったそうです。
岩城滉一:「だったら東京からでも行けるじゃんって話になって。」
お笑いコンビ「ハライチ」に「なんで調べなかったんですか!?」と突っ込まれることに。せっかく建てた北海道の家は、売却か貸す出すことを考えているのだとか。
岩城滉一さんの病気「肺炎」ですが、2021年7月22日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」で詳細を明かしています。
以前から咳が続いていた岩城滉一さん。ある時、雪山の中へ撮影に。すると「山だから空気が薄い」と感じながらも撮影を続行。
岩城滉一:「呼吸ができなくて。 急に倒れちゃって。気を失っちゃったんですね。」
当時、周りには肺がんの友達が多く、自分も同じ病気だと思い、妻・結城アンナさんに言い出せずに放っておいたのだとか。そのため悪化してしまったそうです。
北海道移住は中止となりましたが、今の自宅も素敵な佇まい。岩城滉一夫妻が暮らす自宅の場所は「東京都世田谷等々力1丁目」にあり、妻・結城アンナさんはインスタでたびたび自宅写真を投稿しています。
閑静な住宅街にある自宅には、オシャレなランプ・シェードや暖炉があり落ち着く空間。このほかにも、東京から車で3時間、山と川が流れる自然あふれる地に別荘を所持。
結城アンナさんが父親からゆずり受けたブルーの壁が目をひくログハウスは、スウェーデンから職人を呼んで建てたそうです。
◆グーグルマップ「岩城滉一さんと妻・結城アンナさんの自宅付近「東京都世田谷区等々力1丁目」
妻・結城アンナさんが自身のインスタグラムで公開した夫婦の自宅時間が素敵 ↓
岩城滉一 妻・結城アンナと「徹子の部屋」2023年
2023年9月18日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」に岩城滉一さんと妻・結城アンナさんが出演し、結婚47年、現在の結婚生活を明かしました。
コロナ禍から少し落ち着きを取り戻した今、岩城滉一さんは再び銀座へ飲みに行くこともあるのだとか。
岩城滉一:「俺が家にいると、迷惑なんじゃないかなと思って。自分の好きなようにする時間もある方がね…」
妻・結城アンナ:「遊んでもらった方が元気が出るので、彼は。好きなように生きてた方がいいと思って、わたしも彼も (笑)」
岩城滉一さんは日頃、射撃場に出向いて趣味の合う仲間たちと話したり、愛犬の「Ozzy (オジー)」くんを可愛がっているとのこと。買い物は、夫婦一緒に愛犬をマイカーに乗せて行くのだとか。
妻・結城アンナ:「地味な生活してます (笑)」
岩城滉一さんは地下にある趣味部屋でバイク用品をいじったり、妻・結城アンナさんはイラスト画を描いたりして過ごしているそう。
そんな2人はコロナ禍になり、夫婦同時に感染しないよう寝室を別々にし、顔を合わせないようにしていたといいます。
岩城滉一:「(食事の時は) ごめんくださ~いみたいな。まぁ、家庭内別居みたいな話ですからね (笑)」
正反対な部分もありながら結婚生活47年を迎え、妻・結城アンナさんは「最高のパートナー」といい、岩城滉一さんも「今が最高に幸せ」と気持ちを明かしました。
岩城滉一:「若い頃って “好き“ っていう意味すらわかってなかったというか、この人がいないと生きてこられなかったと思うし、今、この人のことが一番好きだし…」
先日は家事が大変だろうと思い、岩城滉一さんが春巻きの皮巻きをお手伝い。さらに最近では、岩城滉一さんが自分の部屋のゴミを分別して捨てられるようになったとのこと。
妻・結城アンナさんがイラスト画の展覧会に向けて集中しているため、邪魔しないように努めていたそうです。岩城滉一さんは若い頃から一変、妻を思いやり気づかう夫になっていました。
妻・結城アンナさんの父親とは当初、犬猿の仲だったという岩城滉一さん。「今となってはもっと会話をしておけばよかった」と目に涙を浮かべる場面も。
今は父親からゆずり受けたブルーのログハウスを夫婦で大切にしていると話しました。
収録後には妻・結城アンナさんが自身のインスタグラムを更新。「久しぶりにDadiと一緒に楽しいテレビ出演 素敵なお招きありがとうございました」と夫婦で共演できたよろこびを投稿しています。
◆岩城滉一さんと結城アンナさんの子供、娘のヘンリッタさんが結婚した夫の画像や愛犬「Ozzy (オジー)」くんについてはこちらからどうぞ ↓
◆2023年9月18日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」岩城滉一&結城アンナ 番組内容詳細
結婚47年、いつも仲の良い岩城滉一さん&結城アンナさん夫妻がゲスト。スウェーデンで生まれ育ったアンナさんの家庭は、父のほうが母より料理上手。
一方、岩城さんは“男子厨房に入らず”という家庭で育てられた。結婚後、価値観や性格が正反対の夫の存在により“強くなった”とアンナさん。
そんな妻のことを岩城さんも「今が一番好きだと思う」と言う。また、結婚当初はアンナさんの父と折り合いが悪かったという岩城さん。だが義父が亡くなる直前、ある言葉を遺した。その言葉を思い出し岩城さんは…
岩城滉一 プロフィール
本名・李偉光一 (イ・グォニル) ※ 元在日韓国人と公表し2017年、日本に帰化
生年月日・1951年3月21日
出身地・東京都中野区
血液型・A型
身長・175cm
学歴・日本大学鶴ヶ丘高校卒業、帝京大学経済学部中退
デビュー前、舘ひろしさんらと結成したバイクチーム「クールス」で副団長を務めていた岩城滉一さん。「クールス」が矢沢永吉さんのロックバンド「キャロル」の親衛隊として有名に。
そして、週刊誌にハーレーに乗った岩城滉一さんが掲載され映画にスカウトされました。
その後、1975年の映画「新幹線大爆破」で俳優デビュー。同年「爆走!暴走族」で映画初主演し、「新宿警察」でテレビドラマ初出演、歌手としてもデビューしました。
1981年より出演したドラマ「北の国から」で注目を集め、トレンディードラマ「抱きしめたい!」や「木枯し紋次郎」、「GOOD LUCK!」などでブレイク。
1980年からはレーサーとしても活動し、「全日本F3000選手権」などにも参戦しています。2012年「JAFグランプリ富士スプリントカップ」で行われた「レジェンドカップ」にも出場。
2023年では、ドラマ「スタンドUPスタート」に出演しています。