菊間千乃(元アナ) 涙した転落事故を告白~原因や現在の苦悩~

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元フジテレビのアナウンサー、菊間千乃さん。

2021年10月5日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」に出演しました。

番組では26歳の時に起きた転落事故について言及。

当時の苦しい入院生活や、その後の人生観などを明かしています。

弁護士となった現在の意外な生活ぶりとは?

 

 

菊間千乃 プロフィール

本名・菊間千乃 (きくま ゆきの)

生年月日・1972年3月5日

出身地・東京都

血液型・AB型

身長・160cm

学歴・光塩女子学院中等科・高等科、早稲田大学法学部、大宮法科大学院大学、早稲田大学大学院法学研究科

小学生時代からフジテレビのアナウンサーを目指した菊間千乃さん。

アナウンサー試験ではフジテレビ以外に TBSも受験。2社とも内定を受けました。1995年4月にフジテレビに入社。

入社後は「森田一義アワー 笑っていいとも!」のテレフォンアナや「発掘!あるある大事典」、「FNNスーパーニュース」などを担当しています。

1998年9月2日、「めざましテレビ」内のコーナー “それ行け!キクマ“ で、災害時に使用する脱出用の避難器具を体験。リポート中にマンション5階から落ちるという転落事故にあいました。

翌年には現場復帰するも、2007年12月31日にフジテレビを退社。弁護士の道を目指し猛勉強します。

2010年9月、新司法試験に合格。現在、弁護士として活躍中です。

 

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菊間千乃 生放送中の転落事故

“防災の日“ の翌日である1998年9月2日、「めざましテレビ」内の “それ行け!キクマ“ というコーナーの出来事です。

災害時に使用する携帯用の緊急避難降下機という防災グッズを体験。菊間千乃アナは高さ13m、5階建てのビルから降りる予定でした。

ビルの窓枠に手をかけ、ロープにぶら下がった状態で手を離して少しずつ降下。このように着地するはずでした。

しかし、菊間千乃アナは厚さ50cmのウレタンマットにあお向けのまま落下し、地面に激突してしまったのです。

衝撃的な映像は視聴者を驚かせ、放送後にはフジテレビに電話が殺到。

菊間千乃アナは全治3カ月の重傷を追う大事故に見舞われました。

 

菊間千乃 転落事故の原因や販売会社、慰謝料は?

「めざましテレビ」は生放送。地面に落下した後なかなか中継カメラがスタジオに切り替わらず、倒れたまま動かない菊間千乃アナが映し出されました。

“ロープが切れたのでは?“ と思った視聴者も多かったようですが、避難降下機のロープは NASAが開発したもの。車一台を吊るせる強度があったとのこと。

後に転落事故の原因は、“5階のソファーに固定したフックが、降りる直前に外れていたため“ ということが発覚。

菊間千乃アナの転落事故は仕事中。労災扱いになった可能性が高いようです。

さらに避難降下機を販売していた会社は、現在は存在が分かっていないようです。慰謝料が発生していたかは定かではありません。

それよりも菊間千乃アナの心の傷が深かったようです。

 

菊間千乃 転落事故後の入院生活~母親も涙~

2021年10月5日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」では、26歳の時の転落事故を振り返っています。

菊間千乃:「13m 落ちたんですね。上半身の骨を13本折ったんです。意識が無くて気づいた時には ICUの中で・・・マスクを外して目が覚めるみたいな。何が起こったか自分でまったく分からない状態で・・・。」

事故後は救急車で東京女子医大第2病院救命救急センターに搬送された菊間千乃さん。第1腰椎圧迫骨折で全治3カ月と診断されました。

担当医に「ビルの3階がデッドラインです」と言われたんだとか。5階から転落し生存したことは “九死に一生を得る“ というより、まさに “奇跡“ 。

さらに担当医から「僕が看てきた中で、あなたが初めてです」と言われたとのこと。その後、2年のリハビリ期間を経て治療は終わったといいます。

 

菊間千乃:「あの痛さはなんとも言えないですね。ギブス巻いても痛かったですし。」

折れた13本の骨は手術なしで、ギブスだけでくっついたんだとか。さらに入院中は心も辛かったようです。

菊間千乃:「入院中は晴れてると気分が落ち込むんですよ。ベッドに縛り付けになっていて。」

入社4年、夢だった仕事に就けて楽しく走り抜けていた時期。他の女子アナが代役を務めている姿を見ると、“何のために仕事をしていたのだろう“ と深く考え込んでしまったようです。

しばらくフジテレビの職員がお見舞いに来ても、面会を断っていたとのこと。

ときにはトイレが上手くできず、ギブスが濡れてしまうことも。涙を流す日々が続いたといいます。また、そんな姿を菊間千乃さんの母親が見て涙。

菊間千乃:「“なんで26歳の子にこんな思いをさせなきゃいけなんだ、自分が代わってあげたい“ と母まで泣いてしまって・・・」

母親に辛い思いをさせたことで、“一生かけて親孝行していこう“ と強く思った菊間千乃さん。入院生活は想像を絶する苦悩があったようです。

 

菊間千乃 人生観を変えた転落事故~弁護士への道~

転落事故で心身共に傷つき、辛い入院生活を送っていましたが、全国からの数々の手紙や千羽鶴が支えになったといいます。

菊間千乃:「全国から1万通以上、お手紙をいただいたんですよ。」

病室は千羽鶴でいっぱいに。そういったことに勇気づけられ乗り越えた菊間千乃さん。繰り返しリハビリを行い、1998年11月1日に退院しました。4日には「めざましテレビ」に生出演し退院報告をしています。

菊間千乃:「戻る場所があると思うと頑張れる。」

 

この転落事故を経て “人生観“ が変わったといいます。

菊間千乃:「あたり前のような明日は来ない。今できることを精一杯やって生きなきゃいけないし。私、もう26(歳)で死んだと思っているので。」

26歳から先の人生は、“神様からもう少し何かできるよ“ と与えられた時間だと思い過ごしているんだとか。

苦悩を乗り越えた人こそ、一日一日を大切に過ごそうと思う気持ちが高まりますよね。菊間千乃さんはまさに “奇跡“ で得た命。より一層そういった気持ちが強いようです。

こうした転落事故での苦悩が、司法試験への活力になったといいます。

現在、弁護士になり10年目。意外な生活を送っているようですよ。

 

菊間千乃 転落事故後の後遺症~弁護士生活~

転落事故から20年以上が経ちますが、後遺症は全く無いとのこと。現在は弁護士として活躍しています。

また毎週火曜には、テレビ朝日「羽鳥慎一 モーニングショー」のコメンテーターとしても出演中。

菊間千乃さんは主に企業で起こるパワハラやセクハラなどの労働事件を担当しているんだとか。弁護士というとテレビドラマで見る限り、カッコいい職業に感じますね。

しかし実際は違うようです。

菊間千乃:「テレビドラマは、あれはあれで観ててすごい楽しいんですけど、現実はあんな証拠や証人が出てこないですし(笑)」

スーツでバシっと決めてヒールを履き、さっそうと歩いているイメージですが・・・

菊間千乃:「化粧もしないし、髪の毛 振り乱して、もう朝から夜中までずっと働いてます。」

女性誌から、“カバンや通勤着を見せてください“ と取材が来ると、急きょ よそ行き用にするんだとか。いつもは大きなカバンに栄養ドリンクなどが詰め込んであるとのこと。

菊間千乃:「とても こんなもの見せられないと思って(笑)」

法廷に立って話す姿を “声が通るね“ と褒められた菊間千乃さん。アナウンサー時代の経験は現在も生きているようですよ。

今後も元気に前向きに進む姿を見続けたいですね。

 

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